傘が無い


 彼女と会う時はいつもきまって雨だった。
 今日も例外なく雨。いつもどっちが雨を降らせてるのかと笑いながら話している。
 いつもの喫茶店で待ち合わせ。僕が来てから10分少々で彼女が来る。いつものコーヒー。いつもの音楽。いつもの時間。いつもの空気。

「別れよっか。」

 彼女がそう言った。僕は新聞を読む手を止めた。

「私は貴方が好きだし、貴方は私が好き。これは変わらないんだけど、時々私も不安になるの。 本当に私のことを好きなのか。」

 彼女はいつも違う香水をつけてくる。毎日に変化をつけているのが自分のポリシーだとか。

「私が毎回違う香水を付けてくるの知ってる?貴方に一言何か言ってもらおうとしてるからなのよ。」

 彼女は勘が鋭いほうで何か察すると決まってえくぼをだして笑う。

「貴方が基本的に無口なのは知ってるけど少しは私の変化に気付いてほしいとか思うの。分かる?」

 そういって一息ついてから。

「何か言って……。少し不安なの。」

 僕は口を開く。

「僕は……。君の事が好きだよ。それは変わらない。香水を変えているのも知ってるし髪だってまた少し色を変えたのだって知ってる。僕は君の変化をじっと見てる事が好きなんだよ。」

「いつも……。そうなのよね。別れ話なんて嘘にきまってるじゃない。こうでも言わないと貴方、私の事好きって言わないじゃない。」

 ほら、えくぼがでた。

「映画でも見に行こうか。」

「今回の映画は面白いんでしょうね。」

 お金を払って店を出ようとすると僕は一言。

「あ、傘忘れた。」

「またなの、もう……はい。」

 僕と彼女は一本の傘で街を歩く。
 途中、彼女がえくぼを見せながらこう言った。

「ねぇ……。あのお店に何本傘あげてるの?」



戻る