目が覚めると僕は植物人間になっていた。
高校生最後の夏、夏休み最終日。僕達はバイクを走らせていたんだ。そして事故をした。一般的に言えば「脳死」。でも、僕の意識はなぜか「ある」。
でも、ただ意識が「ある」だけ。
体の自由は勿論のこと、目を動かす事すらできない。勿論喋れるわけがない。涙すらながすこともできない。
何日かそういう日々が続いて気付いた。これは……地獄だ。先ず時間が過ぎない。見てるところはただ一点。天井だけ。一日中天井を見つめる。景色は看護婦さんが動かすときくらいだ。会話のない部屋。実際ここがどこかも僕には分からないのだ。点滴の一定の音。夜の闇。
そして……感覚がない事。
なにも感じないのだ。瞳孔確認のライトも。注射の針も。親に手を握られている感触も。其の手に落ちる涙も。
親も僕に会いにくる機会がだんだんと減ってきた。今では半月に一度位だ。離婚の話もでてるらしい。
そのうちなにも感じなくなる。考えることがないのだ。考えないのが一番だ。
そんななかでも僕は少し気分が高揚するときもある。看護婦の木田さんが来てくれた時だ。ネームプレートで確認したんだ。彼女は新米らしく、よく僕に点滴の針をうち間違いしていた。どうやら僕は皮肉な事に新人の練習台にもってこいらしい。なにせ何も感じないのだから。
木田さんは(多分)僕の手を掴みながら最近あったことを話してくれた。婦長さんに注射がうまくならないって怒られたとか先生に片付けが上手になったといわれたりしたとか。絵本を読んでくれたり、歌を歌ったり。下の世話の時は流石にちょっと恥ずかしそうにしてたけど。
彼女がいる時だけ、僕の時間は動いていたんだ。
突然彼女がこなくなった。プッツリとこなくなった。他の看護婦達の話を聞くと、どうやら結婚をしたらしい。相手は幼馴染だったとか。そうか、なるほど。
おめでとう、木田さん。僕は心の底からそう思った。
ほどなくして僕の時間は完全に止まった。