愛の才能


 その電話は、真夜中3時、突然かかってきた。
「タバコ、買って来てよ。」
「はぁぁ?」
 親友の直哉だった。3個年上の先輩だけど、とても話しやすくて、私は大好きだった。
「なに考えてんの、ていうか今何時だと思ってんの。」
「いいじゃん、俺、今、車、友達に貸しててさ。コンビニまでの足ねぇんだわ。」
「いやいや、そゆことじゃなくてさ?」
「いいじゃん、沙由のマンションの1F、コンビニじゃん。こないだ飯もおごってやったじゃん。」
「はぁぁぁ…。あんたいっつもそうだよね。」
「いつもじゃねぇって。ちょい今沙由の顔みたくなったしさ。話もあるしさ。来いよ。」
 ドキンとした。その言葉は卑怯だと思う。
だって直哉は私が好きな事をしっているのだ。
「…そーゆーの平気で言うんだよね。私がこんなに直哉の事好きだって知っててさぁ。」
「んで、どーすんの。来るのこないの?」
「はいはいはい、行けばいいんでしょ、行けば。」
「んじゃ、鍵とか開いてるから、入ってきてね。」
「分かった。5分くらいしたら行くわ。」

 我が家から直哉の家まで車で約5分。かなりご近所さんだ。
だけど、高校に入るまで私は彼の存在を知らなかった。
うわさではもてる人らしい。実際私の友達も直哉のことを好きだという人がいる。
誰にでも優しくて、誤解を招いたり、それでいろいろトラブルもあったとかなかったとか。
私は、マンションの1Fにあるコンビニで直哉のタバコを買って車に乗り込んだ。

 ガチャ
「おっじゃましまーす。」
「よぉ。ありがとな。助かったよ。」
「ホント、今何時だと思ってんのよ。」
「わりぃわりぃ。んでもきてくれるの沙由しか浮かばなかったからさ?」
「さ?じゃないよ。…んで?話ってなに?」
「あー、…あれ嘘。」
「嘘!?」
「そういったら沙由来るかなーって思ってさ。」
「…信じらんない。」
「ごめんごめん。そんなに怒るなよ。」
「なんかまた悩みでもあるんじゃないかって心配してきたのに。」
「…沙由にはあんまり迷惑かけたくないからさ?」
 めずらしく直哉が真面目な顔になった。やっぱなんかあったみたいだ。 変なところで気ぃ使うからなぁ。
「そっかそっか。あんまり悩んだらはげるよ。」
「はげねぇよ。」
 それから数十分、私たちはたわいも無い話を続けた。
「あー、もう3時半だ。明日も仕事でしょ?」
「仕事か。休もうかな。沙由は明日なんかあんの?」
「大学も明日はないし、バイトが5時から。」
「んじゃ今日は泊まって行けよ。」
「へ?」
 今にも泣き出しそうな顔で、直哉が私に抱きついてきた。
「直哉……、やっぱなんかあったんじゃん。」
「なんにもねぇよ。」
「……嘘つくの下手だね。」
 好きな人が目の前にいる。しかも私を抱きしめている。
 この状況でなんか無いほうが変だと思う。 ごく自然に、そのまま私は直哉に抱かれた。
 ……ひとつだけ解かったのは。彼は、私の事を抱いてるんじゃなくて、私は他の誰かの代わりだと言う事。
 うれしさよりも、ただむなしさを感じた。

 目が覚めたのは午前5時。直哉はぐっすり眠っている。
「眠れるわけないじゃん…。」
 ベッドから起きて、テレビをつけた。
ニュースキャスターが何か話してる。私には聞こえない。
ついさっきの出来事が信じられなくて、心臓がやけに早くて。
涙が出そうだった。必死で我慢した。
いたたまれなくなってメモ用紙に帰ることだけ告げて、私は直哉の部屋を後にした。

 部屋に帰ってから、シャワーを浴びていたら携帯がけたたましく鳴り響いた。
「誰だ…?」
 バスタオルだけまいた状態で私は急いで電話に出る。
「沙由?なんで先帰るんだよ。」
「なんでって、ほら、…シャワー浴びたかったし。」
「俺んちで浴びればいいじゃん。」
「てゆうか、直哉寝てたんじゃ無いの?」
「テレビつけっぱで出てってのうのうと寝てらんねぇって。」
「あー、つけっぱだった?」
「だよ。寝かしときたいんならせめてテレビくらい切って帰れよな。」
 直哉が笑う。でもその声が今は苦しい。
「んで、今日だけどさ、俺仕事休むから。どっかいこうぜ。」
「どっか…?」
「デートしようぜ。」
「やだよ。」
「何で。」
「…私さ、鈍く無いから。分かっちゃったんだよ。」
「…何を?」
「直哉、私じゃない誰かの事を考えてたでしょ?」
 直哉が言葉につまるのが分かる。
 こういう事をストレートに言われるのが嫌いな人だ。それを知ってても言いたかった。
「誰か、解かんないけど…。代わりならいいよ。辛いし。」
「代わりじゃねぇよ。違う。」
「とりあえず、今日はもう…寝るから。」
「おい、聞けよ。」
 涙が出てきそうになった。急いで電話を切った。
携帯を握り締めて私は泣いた。泣くのは嫌いだ。目がはれるし。
それでもただ私はずっと泣いていた。

 どのくらい時間が経ったんだろう。気がついたら私はそのまま眠っていた。
携帯の着歴がやたら多い。多分直哉なんだろう。
かけなおす気分にはなれなかった。彼がどういう事をいいたいのか、大体は分かる。
私は、直哉にとって「大切な友達」だから。
直哉は友情を大切にする人だから。それが逆に今となっては苦しい。
「はは。裸で泣く女、か。ドラマみたい。」
 自分で自分を笑う。笑うことにも力が入らない。
「…人の気持ちなんて読めても、いっこもいい事なかったなぁ。」
 私はほんの微かにだけど、人の考えてることが解かる。
特異体質なんだろう。誰にも打ち明けられず、ずっと秘密にしていた。
今までも、こうだった。好きな人に触れた時、微弱な電流みたいなのが頭を走る。
その時考えてる言葉が頭の中に羅列する。
 直哉の場合は、こうだった。
『優子にもっと、ちゃんと』
 優子が誰か知らない。知りたくも無いけど、聞こえてしまったのだ。
もっと、ちゃんと。続きは分からなかった。でも確かに聞こえた。
「行くんじゃなかったな…。」
 数時間前の自分を責めながら、私は服を着た。カーテンと窓を一気に開ける。
暗くよどんでいた空気が、外に漏れる。気持ちの良い秋の日差しが部屋中にあふれる。
今の私には少し明るすぎる気がする。胸が痛い。

 静かに時間だけが流れていく。時計を見る。もういつの間にか昼になっているらしい。
「バイト…、いきたくないな。」
 鏡を見る。やっぱり目が腫れている。こんな顔で誰かになんて会いたく無い。
誰かに代わってもらうために、携帯を手にする。
着歴がいやでも目に付く。15件、すべて直哉からだった。
「…言い訳聞くくらいなら、なにもききたくないよっての。」
友達に適当に嘘をついてバイトを代わって貰う。またベッドに潜り込む。
その時、携帯がけたたましく鳴り響く。 「あ、やっとでた。沙由!」
「…直哉。…どしたの?」
 できる限り明るく、何もなかったように振舞う。でないと、また泣いてしまいそうだ。
「どしたの?ってなぁ。心配するじゃんか。」
「何をよ。」
「昨日あれからずいぶん電話したんだぜ。」
「あー、ごめん、寝てた。」
「寝てたって。そりゃ寝るだろうけど、つか出ろよ。」
「だから寝てたら出られないでしょー?」
「そりゃま、そうだけど、いや、俺が言いたいのはそういう事じゃなくて。」
「何よ?てゆうか何を混乱してんのよ。」
「あー、俺さ、今沙由ん家の前にいるんだけど。部屋いれてくれよ。」
「はぁぁぁ?いやいや無理無理。」
「なんで無理なんだよ。あちぃんだよ。のど乾いたし。」
「コンビニで涼みなさい。そこでついでになんか飲みなさい。」
「沙由、お前冷たいのね…。てか出て来いって。」
「なんかくれんの?」
「おー、なんかやるから出て来い。」
「やだよ。」
「なんだよ、とりあえず今お前の部屋の前だからさ。出て来いって。」
「部屋の前ぇ!?」
「出て来ないと暴れるぞ。」
「勘弁勘弁。分かったよ、鍵開けるから入ってきなさい。」

 鍵を開ける。ドアが開く。直哉が入ってきた。
「目とか…あんまり見ないでね。」
「なんで泣いてんの。」
「泣きたいときくらいあるさ。」
「そりゃあるけど。沙由、俺の事好きなんじゃなかったの?」
「…あんたの頭の中身がいっぺん見て見たい。」
「見て見ればいいじゃん。…沙由分かるんだろ?」
「へ?」
「バカタレ。俺がお前の事しらねぇと思ったの?」
「な、何の事か、よく分からないね。」
「なんでカタコトなんだよ。昨日、だからお前怒って帰ったんじゃねぇの?」
「…どこまで知ってんの。」
「全部。」
 ものすごい嬉しそうに直哉が微笑む。
この笑顔に惚れた私は、とても弱い。
「はぁぁぁ…。直哉ってたまに適当なこというからなぁ。」
「ほれ、今の俺の気持ち、読んで見ろよ。」
 そういって直哉が腕を差し出した。
「ねぇ。何それ。」
「何って。気持ち分かるんだろ?俺が考えてる事読めるんだろ?」
「で、手つないで直哉の気持ち、読めってか。何考えてんの。」
「いいから読んで見ろよ。」
「手ぐらいじゃあんまりたいした事わかんないからやだ。」
「……。」
 少し考えて、直哉が不敵な笑みを漏らす。
「沙由、お前素直じゃねぇなぁ。」
 そういった後、私をぎゅっと抱きしめる。
ふいにそういう事をされると弱い。
「あ。」
『俺は沙由が好きだ』
 ……確かに、そう聞こえた。
「な?分かっただろ?」
「…信じられないので却下します。」
「なんだよ、却下て。」
「んじゃ優子さんて誰よ。」
「優子は俺の元彼女だ。沙由に言った事なかったっけ?」
「モトカノ?優子?」
「そう。お前の先輩の柏木さん。」
「柏木先輩って優子っていうの?」
「しらねぇのかよ。」
「しらねぇよ。」
「沙由に電話する前に優子から電話があったんだ。酔っててな。
俺と付き合ったときどんだけ嫌だったかってのずーっと延々語りはじめてな。」
「先輩、昔から酒癖わるいもんねぇ…。」
「んで最後、切る間際。『いつまでそうやって八方美人なの。
そのせいでアタシがどんんんんだけつらかったか、直哉わかるの!?
いつだって他の子とアタシは変わんなかったわ。直哉にとって彼女っていう存在ってなんなのよ!
それが分かるまで誰とも付き合っちゃいけないわ。』っつって電話ガチャて。」
「一理ある…。」
「納得すんなよ。」
「正論だと思うよ。」
「沙由まで…。いや、確かに当たってっけどな。んで俺すんげぇへこんでさ。
そんときお前に会いたくなったんだ。」
「なんで私なの。」
「気がつかなかったのか。……はぁぁぁぁぁ、やっぱ俺ってはたから見ててだらしねぇ男?」
「だらしないというかなんというか。誰にでも優しい人?」
「俺、沙由だけは特別だったんだけどなぁ。」
「はぁぁぁぁぁ!?」
「マジでそこまでびっくりする事無いと思うけどさ…。 沙由、人の気持ち読めるからって人間観察怠ってたんじゃねぇの。」
「え?え?」
 直哉があきれたようにため息を大きく一つ。
「沙由に出会ったから優子と別れたんだ。…どぅゆーあんだーすたーん?」
「いや、それめちゃくちゃ日本語英語だし。てゆか、直哉私の事が好きだったの?」
「そうだよ。」
「そうだよって。」
「んじゃなんつったらいいの。」
「えーっと、いやそゆことじゃなくて。私、え?私?」
「んで、お前が読んだあん時の俺の気持ちってどうせ『優子がどーたらこーたら』だろ?」
「優子にもっと、ちゃんと。だっけな。」
「沙由に優子と同じ思いをさせたくなかったんだ。んで優子の言葉が頭から離れなくて。 もっと俺がちゃんとしてれば。」
「……。」
「理解したか?」
「理解は、した。でも信じられない。」
「俺さ、軽いとか適当とかよく言われんだよ。誰にでも優しいとかな。
そりゃ嫌いな奴じゃなかったら冷たくする必要ないだろ?
男でも女でも俺の友達は友達じゃん?それがよく、誤解されてさ。
沙由は分かってくれてんだろって勝手に思ってたけど。」
「そゆとこ含めて直哉が好きなの。」
 言った後しまったと思った。直哉がますます笑顔になる。
「んじゃ、誤解も晴れたところでどっかいこうぜ。」
「待って待って。こんな顔でドコにもいけない。」
「顔?…あぁ目?」
「目、腫れてる。」
「メガネかけりゃばれねぇって。」
「私、目悪く無い。」
「俺の貸してやるよ。どっかいこうぜ。沙由のために今日ズル休みしたんだ。」
「晩御飯おごりぐらいじゃ許さない…。」
「ホテル代も俺が出してやるよ。」
 顔を見合わせて笑った。私の顔は少し赤くなっていたかもしれない。
帽子を少し深めにかぶって、私は家を後にした。
 今までいらなかったこの力に、私ははじめて感謝した。

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